はじめに
日本は急速な高齢化の波を受け、介護を必要とする高齢者の増加と、介護を担う労働力不足という二重の課題に直面しています。これまで人手に頼っていた業務を効率化し、働き手の負担を軽減しながら質の高いケアを持続するためには、もはやデジタル技術の導入が避けられません。本記事では、介護DXの定義や現場における活用例、導入による効果、そして推進のポイントまでを網羅的に解説します。
介護DXを正しく理解し、業務に取り入れることで、現場の介護職員だけでなく、ケアを受ける高齢者やそのご家族にも大きなメリットがもたらされます。まずは「介護DXが何をもたらすのか」を押さえ、導入の流れと成功のコツを探っていきましょう。
介護DXとは何か
定義と背景
介護DX(Digital Transformation)とは、介護事業者がAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ICT(情報通信技術)などのデジタル技術を戦略的に活用し、
- 業務プロセスの可視化・自動化
- サービス品質の向上
- スタッフの働き方改革
を同時に実現する取り組みです。人手に依存していた記録作業や見守り業務、介護ロボットやAIの導入、報告連絡会議などをデジタル化することで、介護職員は本来のケア業務に集中できるようになります。
主な技術領域と導入例
- AI(人工知能)
- ケア記録の入力支援や自動分類。たとえば音声入力された会話データから、重要情報を自動で抽出し記録フォーマットに落とし込むシステム。
- ケア記録の入力支援や自動分類。たとえば音声入力された会話データから、重要情報を自動で抽出し記録フォーマットに落とし込むシステム。
- IoT(センサー・ウェアラブル)
- ベッド周辺に設置されたセンサーが利用者の離床動作を検知し、転倒リスクを未然に察知。
- ウェアラブルデバイスで歩行速度や心拍数をリアルタイムにモニタリングし、異常時に管理者へアラート送信。
- ベッド周辺に設置されたセンサーが利用者の離床動作を検知し、転倒リスクを未然に察知。
- ICT(タブレット・クラウドサービス)
- タブレット端末を用いたケアプラン共有。現場で撮影した写真や動画を即座にクラウド上にアップし、遠隔地の医師や家族とも情報を共有。
- オンライン会議を活用した多職種連携会議で、訪問看護師やケアマネージャーとのやり取りをスムーズに実施。
- タブレット端末を用いたケアプラン共有。現場で撮影した写真や動画を即座にクラウド上にアップし、遠隔地の医師や家族とも情報を共有。
介護業界の課題
高齢化とケア需要の増大
日本では65歳以上の人口が全体の約3割を占め、75歳以上も増加の一途をたどっています。今後も年間数十万人単位で要介護者が増える見込みで、施設や在宅サービスの受け皿が不足する深刻な状況が続きます。団塊の世代(1947~1949年生まれ)が75歳以上となる2025年には、国民の5人に1人が後期高齢者となる「2025年問題」が顕在化し、介護や医療の需要が急増します。
少子化・担い手不足
少子化に伴う労働人口の減少により、介護職員の確保はますます難しくなっています。15歳未満の子どもの割合は2023年時点で11.5%と低下し続けており、労働力となる若年層が減少しています。
総人口自体も減少傾向にあり、介護現場で働く人材の確保が困難になっています。加えて現場は重労働かつ低賃金であり、離職率が高止まりしているのが実態です。
出典:総務省統計局「統計トピックスNo.137 我が国のこどもの数―「こどもの日」にちなんで―」
認知症高齢者の増加
認知症を抱える高齢者は年々増加しており、対応力を備えたスタッフの育成や、安全対策の強化が不可欠です。2025年には認知症高齢者が約700万人に達すると予測されており、より多くの専門的な介護が必要となります。
出典:厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」
都市部と地方の格差
都市部では75歳以上の高齢者人口が急速に増加し、地方でも緩やかに増加しています。地域ごとに高齢化の進行度合いが異なるため、対応が難しくなっています。地域特性に応じた施策設計が求められ、各自治体レベルでのデータ共有・連携がカギとなります。
出典:内閣府 高齢社会白書
労働環境とモチベーション低下
介護職は身体的・精神的負担が大きい一方で、賃金や待遇が他産業と比べて低い傾向があり、離職率が高く人手不足に拍車をかけています。公益財団法人介護労働安定センターが毎年実施している「介護労働実態調査」では、介護職の身体的・精神的負担の大きさ、賃金・待遇の低さ、そして高い離職率による人手不足を裏付ける具体的なデータを見ることができます。
このままだとどうなるか
人材不足の深刻化とサービスの質低下
2025年には介護職員が約32万人、2040年には約69万人不足すると予測されており、DXが普及しなければこの人材不足がさらに深刻化します。職員一人あたりの負担が増大し、離職率が上昇。結果として、十分なケアを提供できない利用者が増加し、サービスの質が大きく低下します。
出典:厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
業務効率の停滞と現場スタッフの疲弊
紙ベースの記録や手作業が続くことで、業務効率が上がらず、現場スタッフの残業や負担が増加します。転記ミスや情報伝達ミスが減らず、事故やトラブルのリスクも高止まりします。
介護現場の「見えない仕事」が評価されない
DXによるデータの可視化が進まないため、職員の貢献やケアの成果が「見える化」されず、介護職の社会的評価や待遇改善も進みません。
利用者の安全とQOL(生活の質)の低下
AIやセンサーによる見守りが普及しなければ、転倒事故や健康悪化の早期発見が難しくなり、利用者の安全や生活の質が損なわれる恐れがあります。
医療・介護連携の遅れ
デジタルデータ管理や情報共有が進まないことで、医療機関との連携が非効率になり、適切なケアプランや迅速な対応が困難になります。
介護サービスの持続可能性が危機に
人材・コスト・業務負担の問題が複合的に悪化し、地域によっては介護サービスの維持自体が困難になるリスクも高まります。
介護DX導入で得られる主な効果
― Silver Growth Studio が提案する「データと実績で裏付ける6つのインパクト」
業務効率化:ICT×AIで1日1時間の効率化
厚生労働省のICT導入支援事業では、令和3年度だけで5,371事業所がタブレットや音声入力システムを導入し、記録業務が平均60〜90分/日短縮したと報告されています。
見守りセンサーとAIスケジューラを併用すると、夜間巡視回数を最大70%削減できた事例も確認されており、空いた時間を直接ケアへ再投資できます。
労働環境・処遇改善:処遇改善加算で月額3.7万円アップ
「介護職員処遇改善加算Ⅰ」を取得した事業所は、介護職員1人あたり月額37,000円相当の賃金原資を確保できます。
DXで生まれた余力を処遇改善に振り向けることで、人件費アップと業務負荷軽減を両輪で進められ、離職率低下と定着率向上を同時に実現できます。
人材確保と育成:SNS採用+外国人材×デジタル研修
SNS求人やe-ラーニングを活用したオンライン研修が広がり、採用後3年以内離職率が15pt改善した法人も報告されています。技術継承用の動画マニュアルやVRシミュレーションを組み合わせることで、経験年数に左右されない均質なケア品質を担保できます。
地域包括ケアの推進:LIFEデータ連携
科学的介護情報システム(LIFE)との連携が進み、バイタル・ADL・サービス提供履歴が地域単位で可視化可能に。自治体はエリア別の重度化リスクを把握でき、早期介入や在宅支援強化の意思決定が迅速化します。
サービス多様化と質向上:AIパーソナライズとテクノロジー・リハビリ
AIが嗜好データを学習して食事・レクリエーションを個別最適化する実証では、利用者満足度が約20 pt向上。VRリハビリ機器は従来比で歩行練習量+25%を達成し、疾患予防と介護給付抑制に寄与しています。
国・自治体・現場の連携強化:制度を活用してDXを加速
介護DXは、①国の制度設計 ②自治体の実装支援 ③現場の課題発信この3つを動かせるかがポイントと考えます。以下では、資金スキームを軸に連携ポイントを整理しました。
レイヤー | 主な制度・事業 | 補助・融資規模/負担割合 | 目的・押さえるべきポイント |
国(厚生労働省・経済産業省) | ロボット介護機器開発・標準化事業 | 年間上限1億円/テーマ・補助率1/2(中小2/3) | R&D~実証を一気通貫で資金確保。「自社開発→現場実装」のルートを作りたい事業者向き。 |
介護職員処遇改善加算 | 職員1人あたり月額最大3.7万円 | DXで捻出した余力を賃金原資に転換→離職率低下と定着率UP。 | |
人材確保等支援助成金(介護福祉機器助成コース等) | 機器導入・環境整備ともに 上限150万円/助成率1/2 | 「ICT+働き方改革」を同時申請でき、労務改善と設備投資をワンパッケージ化。 | |
地域支援事業交付金 | 交付率国38.5%+都道府県・利用者負担 | 市町村が要介護予防・総合事業を柔軟に設計。DX関連の任意事業も組み込める。 | |
地域づくり加速化事業 | 47都道府県で採択、国2/3補助(最新概算要求137億円) | 介護人材確保やICT研修など地域課題に応じた自由度の高いメニュー。 | |
金融支援 | WAM(福祉医療機構)無担保貸付 | 無担保上限3,000万円/金利優遇・10年融資 | 補助金対象外の残額やキャッシュフロー調整に活用。 |
自治体(例) | 千葉県 介護テクノロジー定着支援 | 1事業所上限740万円/補助率3/4 | ロボット・ICT一括導入に強み。通信環境整備も対象。 |
神奈川県 介護ロボット・ICT導入支援 | ロボット導入上限500万円、ICT導入上限260万円 | 段階導入・パッケージ導入の両メニューを用意。 |
介護業界のDX(デジタル化)をめぐる「いま」と「これから」
現場で進むデジタル化の実態
ケア記録ソフトを使っている事業所は約7割(66.2%)。紙の書類を書かずに、パソコンやタブレットで記録を残しています。
タブレット・スマホを使ったケアは43.3%。写真や動画を共有しながら、離れた家族とも情報をすぐに確認できます。
無線ナースコール(25.3%) や 見守りセンサー(12.0%) の導入も広がりつつあります。夜間の見回り回数が減り、利用者の睡眠が守られた例も報告されています。
一方で、移乗支援ロボットなど先端機器は普及率1〜2%。高価な機械ほど、導入には時間がかかっているのが現状です。
出典:令和5年度介護労働実態調査事業所における介護労働実態調査結果報告書|公益財団法人介護労働安定センター
DX化を成功させる8つのポイント
DX化を成功させるポイントを以下にまとめます。
ポイント | かんたん解説 |
目的とビジョンを決める | 「職員の負担を減らす」「家族への情報共有を速くする」などゴールを先に決める |
推進チームを作る | 経営者・現場リーダー・IT担当がタッグを組み、全員で方向性をそろえる |
現状を洗い出す | 紙の作業、待ち時間、ミスが起きやすい工程をリストアップ |
小さく試して効果測定 | まずは記録の電子化など“始めやすい所”から。うまく行ったら横展開 |
人材育成 | 研修動画やマニュアルで「ITは怖くない」と感じてもらう |
組織文化づくり | 現場の意見を取り入れ、成功体験を共有してモチベーションを高める |
セキュリティ | パスワード管理・アクセス制限・暗号化を習慣に |
コスト管理 | クラウドを活用し、初期費用を抑えつつ段階的に投資 |
DX化で得られた具体的な効果
DX化で得られた具体的な事例を以下にいくつかまとめます。
取り組み | 数字で見る改善例 |
介護記録の電子化 | 1人あたり1〜1.5時間/日の事務時間削減(PwC「介護サービス提供主体の経営効率化に関する調査研究 報告書」) |
様式の見直し | 書類記入が85分→53分に短縮(約37%減)(PwC「介護サービス提供主体の経営効率化に関する調査研究 報告書」) |
見守りセンサー | 夜間の訪室回数を70%削減、利用者の睡眠 +30分(トーテックアメニティ株式会社) |
マッスルスーツ | 腰への負担を35%軽減、移乗時の人手も削減(株式会社イノフィス) |
DX化に立ちはだかる課題
介護現場にデジタル機器を導入すればすぐに改善するとは限りません。まず大きいのは導入と維持にかかる費用です。記録ソフトのライセンスやセンサー機器の保守料、職員研修まで含めると、1 施設あたり数百万円規模になる例も珍しくありません。加えて、利用者の健康情報を扱うため個人情報の漏えい対策は必須で、暗号化やアクセス権管理を怠れば思わぬトラブルを招きかねません。
もう一つの壁はITが得意でない職員の不安です。紙の台帳で長年仕事をしてきたベテランほど「機械が壊れたらどうするの?」という声が上がりがちです。課題に対する打開策を放置した発言が通ってしまうと、新しいシステムが現場に根付かず紙作業が温存され、せっかくの投資効果が半減してしまいます。
さらに人手不足は年々深刻化しており、厚生労働省は 2040年に約57万人の追加介護職員が必要 と推計しています。人員が足りない状態でDXの準備や研修時間を確保するのは簡単ではなく、現場からは「忙しすぎて新しい端末に触れる時間がない」という切実な声も聞かれます。
市場規模と今後の流れ
介護の現場でも「人手が足りない」「夜の見守りが大変」「記録が手書きで時間がかかる」といった声が年々増えています。こうした課題を解決するための医療・介護分野のDX化が全国で進んでいます。この業界の投資は右肩上がりで、国内市場は 2020年の約731億円から2030年には2,115億円へと3倍に拡大 すると予測されています。背景にあるのは、団塊世代が後期高齢者となることでサービス需要が急伸する一方、働き手が不足するという構造問題です。
出典:富士経済グループ「デジタルトランスフォーメーションの国内市場(投資金額)を調査」
DX化によって、介護がある暮らしは以下のように変わっていくと考えられます。
- 夜中の見守りが自動でできる
例えば、ベッドに取り付けたセンサーが「起き上がった」「転びそうになった」と知らせてくれる仕組みが整いつつあります。職員さんが何度も巡回しなくても安全を確認できるようになります。 - 記録や連絡がスムーズに
これまで紙に手書きしていた介護記録がタブレットで入力され、そのままご家族にも共有できるようになります。「今日のご様子」「お食事の内容」「気になった点」などが、スマートフォンで確認できます。 - 一人でも安全に介助ができるように
「重たい体を移動させるのが大変」と感じていた職員の負担を減らすために、ロボットのような機械(マッスルスーツなど)を使って、より安全に、より少ない人数で介助ができるようになります。事故リスクも軽減されます。 - 介護の“勘”ではなく、“データ”で支える
厚生労働省が進める「LIFE(ライフ)」という仕組みにより、日々の健康状態や行動記録が蓄積されます。これによって、「この方は転びやすくなってきた」「最近、食事量が減ってきている」といった変化を早めに見つけられるようになります。
こうした技術は、すでに海外の先進国では広く使われており、日本でもここ数年で当たり前になっていくと考えられています。つまり、「人が少なくても、安心で安全な介護を続けられる社会」に向けて、デジタルの力がこれからの介護を支えていく。それが今の大きな流れです。ご家族に介護が必要になったときも、「人手だけに頼らず、道具やしくみで支える」という選択肢が、ますます現実的なものになっていきます。
まとめ
介護DXは、見守りセンサーや介護ロボット、タブレットでの記録共有など、デジタル技術を取り入れることで「家族の安心」と「介護職員の負担軽減」を両立させる仕組みです。
- 夜間見守りが自動化されることで、離れて暮らすご家族も「夜中に何度も電話を入れなくて大丈夫」という安心感が得られます。
- ケア記録がタブレットで共有できるので、「今日の様子」や「気になる体調の変化」をスマホでいつでも確認できます。
- マッスルスーツや移乗ロボットの活用により、職員の腰や体への負担が減り、人手が足りない現場でも安全な介助が可能になります。
もちろん、導入にはコストや操作の不安、セキュリティ対策などの課題もありますが、小さく試して効果を見える化しながら進めれば、徐々に負担を減らしつつ導入を広げられます。
これから介護が必要になったご家族を支えるために、「人の手だけに頼らない介護」を選択肢に加えてみてください。ICT機器と少しの準備で、「安心できる時間」と「自由に使える時間」をご家族にも現場にももたらすことができます。
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